新しい年度を迎えて

 

 今年もまた、新たな生命の息吹を生み出す清々しい季節が到来しました。新入生や新入社員たちが胸はずませて新たな社会へと飛び立つ季節であり、私たちの周囲にはフレッシュなエネルギーが満ち溢れています。毎年この時期になると、自分自身がそうだった頃のことを思い出し、新鮮な気持ちがよみがえるとともに、月日の経つスピードの早さを痛感させられています。「○○歳は何十歳分の一だけれども、人生の中ではその1年間しかない」という当たり前のことが、この歳になってようやく理解できるようになりました。皆さんはぜひ、その歳(年)でしかできないこと(今すべきこと)は何かをよく考えて毎日を送っていただきたいと思います。


 さて、空手界では、2020年の東京オリンピックを契機とし、空手競技(あえて空手競技と言います)を近代的なスポーツとして世界中で市民権を得ようと着々と準備を進めています。その最たる取り組みのひとつとして、「競技ルールの平易化・標準化」があります。すなわち、だれが見ても勝ち負けが分かるようにルールを分かりやすくしようということです。たとえば、長年、各流派・団体ごとに独自に発展させてきた“形(かた)” は、試合において客観的評価を可能とするために、多くの“形(かた)” の“形(かたち)” が一律的に決められることになります。もともと独り稽古の方法として発達し、仮想敵とどのように戦うか、その考え方や技の違いが各流派・団体の特色となってきたのですが、殊、空手競技の試合においては、その特色は無意味なものになろうとしています。そういった流れは、まさにオリンピックへと向かう大きなうねりであり、私たちもこの共通の競技ルールにおいて勝ち抜かねばなりません。


 しかし、一方では、私たちの先人の血と汗の結晶である“伝統”、すなわち、私たち自身の特色(アイデンティティ)たる“錬聖会独自の考え方や技” を風化させてはなりません。つまり、“空手競技(からてきょうぎ)” を普及させる傍、“空手道(からてどう)” を守っていかねばならないということです。私の頭の中では、空手道の一部に空手競技があり、空手家としての成長の初期段階に「空手競技に勤しむ」という時期がある、と理解しています。つまり、若い世代は、空手競技の試合を通じて自己を鍛錬し成長させ、そのことをひとつの基礎として空手道を極めていく、というキャリアパス(成長の道のり)を想定して育てようということです。
若い人の指導にあたられる方々は、ぜひ、この考え方を共有していただき、空手を学ぶ若い人たちが空手競技で終わることがないように、ぜひ、じっくりと指導していただきたい。そして、指導にあたる私たちは、「空手競技の普及」と「空手道の継承」という2つの使命を共に果たせるよう、さらに精進する必要があるのです。頑張りましょう。

                                    2017年4月1日

                           日本空手道錬聖会 会長  森 拓生